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東京家庭裁判所 平成4年(家)8127号 審判

申立人 甲野花子

相手方 甲野太郎

主文

1  相手方は申立人に対し、申立人から別紙物件目録記載4の建物について財産分与を原因とする共有持分1000分の64の持分移転登記手続を受けるのと引換えに、財産分与として金3010万5000円を支払え。

2  相手方に対し、別紙物件目録記載4の建物について1000分の64の共有持分を財産分与する。

3  申立人は相手方に対し、相手方から金3010万5000円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載4の建物の1000分の64の共有持分につき、財産分与を原因とする持分移転登記手続をせよ。

理由

第1申立ての要旨及び相手方の主張

申立人は、相手方と平成3年6月10日協議離婚したが、財産分与及び慰謝料として、別紙財産目録記載の不動産について申立人への所有権(建物については共有持分権)移転登記手続を求めた。

これに対し、相手方は申立人に対し、相当額の金員の支払と引換えに、別紙物件目録記載4の建物の1000分の64の共有持分を相手方に分与すること、及びその共有持分につき持分移転登記手続を求めた。

第2当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人(昭和○年○月○日生)と相手方(昭和○年○月○日生)は、昭和37年1月6日に婚姻し、昭和○年○月○日長女Aをもうけた。

申立人は、「乙山秋子」のペンネームを持つ童話作家で、昭和31年頃から作家としての活動を開始し、相手方は画家で、昭和29年頃から画家として活動していた。

申立人と相手方は、昭和55年頃から、互いの人生観、価値観の相違等から不仲となって家庭内別居の状態が続き、平成2年4月30日申立人が近所にある仕事場に移ることにより別居し、平成3年6月10日協議離婚した。

(2)  相手方は昭和36年8月10日頃別紙物件目録記載1の土地(以下「旧土地」という。)を代金約100万円で買い受け、旧土地上に代金約100万円で同目録記載2の建物(以下「旧建物」という。)を建築した。相手方は、上記代金の内150万円を父の援助と自己資金で支払い、残金50万円について、昭和36年11月17日株式会社○○銀行から、最終返済期を昭和41年11月17日と定めて月々元利均等の分割弁済の約定で借受け、支払った。すなわち、相手方は、旧土地及び旧建物の4分の3に当たる部分の代金を婚姻前に支払い、4分の1に当たる部分を婚姻期間中に支払ったこととなる。

(3)  申立人と相手方は、婚姻後旧建物で同居したが、それぞれの収入をそれぞれで管理し、共同生活の支出の負担についての明確な取り決めはなかった。共同生活に必要な費用は、集金の際その場に居合わせた者が負担していたがおおむね、旧土地旧建物の固定資産税、銀行ローン、光熱費、火災保険料、長女の私立高校から大学(短大)までの学費等は相手方がその収入によって負担し、食費、共用部分の付器備品、長女のベビーシッター代、長女の幼稚園から、小学校、私立中学校までの学費、長女の被服費、家族の海外旅行費用、長女の成人式、結婚式の費用等は申立人がその収入によって負担した。家事労働、育児については、相手方が長女の乳児期に世話をしたことがあるものの、前記認定の家庭内別居に至るまでは、申立人がほぼ全面的に担当した。

(4)  申立人と相手方は、旧建物について、昭和47年台所、浴室、玄関を改装し、昭和51年二階建に増築し、昭和55年二階に長女の部屋を増築する工事を行い、申立人がその工事費用約2000万円を負担した。

(5)  相手方は、昭和62年3月2日、旧土地旧建物を東京都に道路用地として売り渡した。その補償金として、旧土地代金が8966万6148円、旧建物の物件移転補償費が2703万183円、その他の営業補償費が130万2182円(合計1億1799万8513円)であった。

相手方は、昭和62年3月25日、○○○株式会社から別紙物件目録記載3の土地(以下「本件土地」という。)を代金6538万4840円で買い受け、本件土地に請負代金5730万円で同目録記載4の建物(以下「本件建物」という。)を建築した。本件土地本件建物の購入代金は上記東京都からの取得金を全額充てたが、その不足残代金及び旧建物の取壊費用、売買に伴う諸費用、引越費用等で約800万円の不足が生じ、申立人が約400万円を負担し、相手方が約400万円を負担した。申立人はその収入により上記金員を支払い、相手方は、昭和62年7月22日株式会社○△銀行から○△住宅ローンで400万円を借りて支払い、○○サービス株式会社との間の支払委託契約による求償権を担保するため、本件土地本件建物に抵当権を設定した。

本件土地の登記は相手方の単独名義の登記であり、本件建物の登記は、申立人が1000分の64、相手方が1000分の936の持分割合による共有名義の登記である。もっとも右共有名義の登記は、銀行及び司法書士と相談の上便宜的にされたものである。

(6)  申立人と相手方との間の長女は、平成2年9月3日婚姻したが、長女が婚約をした頃から長女夫婦は本件建物で申立人らと同居し、現在、本件建物には相手方及び長女夫婦が居住している。長女夫婦には子供はなく、それぞれ健康な社会人として稼働している。長女夫婦は、本件建物にかかる光熱費等を負担しているが、申立人と相手方の離婚後、相手方は長女夫婦に本件建物の明渡しを要求している。

(7)  申立人の昭和62年の申告所得額は425万8740円、昭和63年は742万6594円、平成元年は1359万5000円、平成2年は400万2000円である。

相手方の昭和63年の申告所得額は127万4313円、平成元年は218万1393円、平成2年は252万5265円である。

申立人の平成2年4月30日の預金残高は、2178万3081円であり、相手方のそれは226万3688円である。

(8)  申立人と相手方は、平成5年9月24日の第9回審判期日において、本件土地本件建物の評価額について、本件土地が9480万円、本件建物が1670万円、合計1億1150万円であることに合意した。

2  以上の認定事実に基づいて本件財産分与について検討する。

(1)  清算的財産分与

ア 本件において清算的財産分与の対象となる財産は、当事者双方が婚姻期間中に取得したもの、すなわち、本件土地本件建物、当事者双方の各個人名義の預貯金、著作権が考えられる。

ところで、相手方は、本件土地本件建物の購入資金は旧土地旧建物の売買代金が充てられ、旧土地旧建物は、相手方が婚姻前に購入しているので旧建物の修繕費を申立人が負担していることを考慮しても、本件土地本件建物の時価の23パーセントが清算の対象財産である、すなわち、相手方は、旧土地につき100パーセント、旧建物につき25パーセント(申立人の修繕費を考慮)の特有財産としての持分を有していたから、本件土地本件建物の購入資金のうち9635万円〔式、8960万円(10万円未満切り捨て)+2703万円183円×0.25=9635万円(1万円未満切り捨て)〕を相手方が特有財産から支出したことになり、本件土地本件建物の77パーセント〔式、9635万円÷1億2468万円(諸費用分も含む)×100 ≒ 77〕は相手方の特有財産である、と主張するので検討する。

前記認定事実によれば、申立人が旧建物について金2000万円程の増改築費用を負担して2度にわたり2階建に増改築していることが認められるので、旧建物の所有権が相手方にあるとしても、申立人は相手方に対し不動産の附合による不当利得返還請求権を有する関係(民法248条)にあるところ、その請求権の数額が不明であって、旧建物の物件移転補償費は夫婦のいずれに属するのか明らかでないので、夫婦の共有であると推定される。また、営業補償金も帰属不明確な財産として夫婦の共有と推定される。

しかし、旧土地については、前記認定事実によれば、相手方は婚姻前に旧土地旧建物の4分の3に当たる部分の代金を支払い、婚姻期間中にその4分の1に当たる部分をローンで支払ったことが認められるので、東京都への旧土地売却代金の4分の3に当たる金6724万9000円〔式、8966万6148円×0.75 = 6724万9000円(1000円未満切り捨て)〕が、相手方が婚姻前から有する特有財産と解するのが相当である。相手方は、旧土地代金は全額相手方が婚姻前に支払済である旨主張するが、50万円のローン部分が旧土地部分に当たるのか、それとも旧建物部分に当たるのか必ずしも明らかでないので相手方の主張は採用することができない。そうすると、本件土地本件建物の購入代金が1億2268万4840円(6538万4840円+5730万円)であるから、本件土地本件建物のうち55パーセント〔式、6724万9000円÷1億2268万4000円(1000円未満切り捨て)×100 = 55(1パーセント未満四捨五入)〕について相手方が特有財産となる持分を有していることになる(なお、本件土地本件建物の購入代金の一部に当事者双方の各400万円の負担金の一部が含まれているが、当事者双方の負担割合が不明であるので、それに相当する本件土地本件建物の割合部分については観念的に共有として、清算の対象財産に含まれる。)。したがって、本件土地本件建物の45パーセントが清算の対象財産となる。

次に、相手方は、申立人と相手方の各個人名義の預貯金が清算の対象財産となると主張するので検討する。

前記認定事実によれば、申立人と相手方は、婚姻前からそれぞれが作家、画家として活動しており、婚姻後もそれぞれが各自の収入、預貯金を管理し、それぞれが必要な時に夫婦の生活費用を支出するという形態をとっていたことが認められ、一方が収入を管理するという形態、あるいは夫婦共通の財布というものがないので、婚姻中から、それぞれの名義の預貯金、著作物の著作権についてはそれぞれの名義人に帰属する旨の合意があったと解するのが相当であり、各個人名義の預貯金、著作権は清算的財産分与の対象とならない。

したがって、本件においては、清算的財産分与の対象財産は本件土地本件建物の45パーセントである。

イ 次に、前記財産(本件土地本件建物の45パーセント)を清算するに当たり、これを形成するに際しての当事者双方の寄与割合を検討する。本件清算的財産分与の清算割合は、本来、夫婦は基本的理念として対等な関係であり、財産分与は婚姻生活中の夫婦の協力によって形成された実質上の共有財産の清算と解するのが相当であるから、原則的に平等であると解すべきである。しかし、前記認定の申立人と相手方の婚姻生活の実態によれば、申立人と相手方は芸術家としてそれぞれの活動に従事するとともに、申立人は家庭内別居の約9年間を除き約18年間専ら家事労働に従事してきたこと、及び、当事者双方の共同生活について費用の負担割合、収入等を総合考慮すると、前記の割合を修正し、申立人の寄与割合を6、相手方のそれを4とするのが相当である。

(2)  扶養的財産分与

前記認定事実によれば、申立人と相手方は、それぞれ婚姻前から作家と画家という職業を有し、離婚後も、それぞれ一定の収入と資産を得て安定した生活を営んでおり、今後の自活力、健康状態等に不安は認められないから、離婚後の扶養的財産分与は、その必要性がなく、これを認めるのは相当でない。

(3)  慰謝料

申立人は、婚姻期間中その生活の全てを申立人の家事労働、申立人の収入により成り立たせていながら、相手方が、申立人の長年にわたる努力を認めないのは、相手方の女性蔑視の価値観によるものとして、相手方に対し慰謝料を請求するが、申立人が、慰謝料請求権発生の具体的理由として主張するものは、独自の見解であり、到底採用することができない上、他に一件記録を精査しても申立人から相手方への慰謝料請求を認めなければならない事実はこれを認めることができない。

(4) したがって、本件土地本件建物の45パーセントを申立人と相手方が6対4の割合で分けることになり、本件土地本件建物の申立人の実質的持分は27パーセント(式、45×6÷10 = 27)、相手方の実質的持分は73パーセント(式、45×4÷10+55 = 73)となる。そこで、具体的清算方法について検討するに、前記認定の当事者双方の職業、生活状況、長女夫婦の生活状況、本件土地本件建物に相手方が居住していること、一件記録によれば、相手方が相続により金3000万円程を支払う経済力のあることが認められることなどに照らせば、本件土地本件建物を相手方に取得させることとし、申立人に清算金を金銭で取得させるのが相当である。そして、本件土地本件建物の評価については、前記認定のとおり、当事者間に本件土地が9480万円、本件建物が1670万円、合計1億1150万円である旨の合意が成立しているので、本件土地本件建物の申立人の実質的持分の評価額は、3010万5000円(式、1億1150万円×0.27 = 3010万5000円)となる。

3  以上のとおりであるから、相手方は申立人に対し、財産分与として現金3010万5000円を支払うべきであり、本件建物は登記上申立人が1000分の64の持分を有するので、申立人は相手方に対して、その1000分の64の共有持分につき財産分与を原因とする持分移転登記手続を行うべきである。相手方の清算金支払義務と申立人の持分移転登記義務は厳密には対価関係にはないが、公平の観点から同時履行の関係にあると解するのが相当である。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 都築民枝)

別紙 物件目録〈省略〉

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